caprinのミク廃更生日記

初音ミクやVocaloid、ゲームやアニメのニュースサイト

DQNは不愉快だし不要です (電波受信記録)

http://d.hatena.ne.jp/kilemall/20070116/1168967963

 ちょっと釣られたので、前より少し突っ込んで考えてみる。
まず、kilemall氏の言葉は実に刺激的だ。刺激的であるがゆえに、私でなくてもちょっと誤解を受ける恐れは高いと思う。

ちょっと冒頭で誤解されるようなことを書くので、脳と心臓に疾患のある方(特にアキバ系)がご覧になるのはオススメしません。
注釈(あと、今日のもう一方の記事と自己矛盾しているのは意図的なので誤解なきよう。)

 「自己矛盾するけど、いいんだ、意図的にやってるネタだから」と言う。この時点で氏は自分が誤解を受けるだろうなという自覚はあるみたいだ。それなのに次のエントリで「あーどうせタイトルしか読まないんだろうから、真面目に書いても意味ないんだろうけど」と続ける、いや、それはちょっとないんじゃないかな。そして、注釈では「意図的に意図を分かりにくくするという目的は達成したワケだが」と言う。あのね、それなりに過激的なことを書くのであれば、他の人の反発もある程度想定すべきだし、ネタというか貶し芸で通すのなら、真面目に書いてはいけないし、オチも用意したい。少なくとも私にはこのエントリがkilemall氏が自分で思っているほど真面目に書いている印象を受けなかった。と、いうかいかにもセンセーショナルなタイトルで、中身も他人を貶す場合には饒舌に語っておいて、自分が責められた時に「それは意図的に意図した」はない。ユダヤ人は関係ない。

 まず、「脳と心臓に疾患のある方」という過激な文で、「アキバ系の頭の悪い人と怒りやすい人は読まないでください。」と本来の想定する読者層を「まず読むな」という予防線を張っておく。怒るなら読むなという書き出しだ。

 で、次に氏は、

kilemall は、オタクと言われる人、特に最近ではアキバ系と呼ばれる人種が嫌いです。一度怖いもの見たさで、際どい感じのオタクショップに入ったことがありますが、幼稚園児を中年男性が集団で強姦しているといったキチガイ染みた世界がそこにはありました。極東アジア地域じゃないきゃ作者が逮捕されかねないです。もう嫌です。不愉快です。消えてください。

と言う。なので私は単純に『そんなこと言う人嫌いです。「DQNは不愉快だし不要です」と言うのと同じくらい意味はない。』と書いた。今思えば、確かに前回の引用は言葉足らずだ。その点は反省している、すみません。で、それならばと他の人にももっと分かりやすく書き直してみると、

『caprinは、DQNと言われる人、特にシブヤ系と呼ばれる人種が嫌いです。もう嫌です。不愉快です。消えてください。』ということだ。

  kilemall氏が、アキバ系なのかシブヤ系なのか分からないし、多分どちらでもないのだろうが、「嫌です。不愉快です。消えてください。」と書いておいて、誰からも反発反応が無いと思うほうが不自然だし、悲しいことだ。ここまでが最初の予防線でネタと言われても、私が反応しなくても他の誰かがやっぱり反応するだろう。ネタといえば、なんでも言っていいということにはならない。

 ただ、『幼稚園児を中年男性が集団で強姦しているといったキチガイ染みた世界がそこにはありました。』の文は同意するよ。要はロリコン系のエロゲがいっぱいあったということだろ。中年男性というのがちょっと意味不明だけど。私は「アキバ系」といっても、どちらかというと萌えオタクより古いパソコンオタクなので、今のエロとか萌えが前面に出た秋葉原は「それはいかがなものか!?」と思っている。子供や家族連れが通るような歩道や店先に、エッチでよくないポスターをビシバシ貼るべきではないし、日曜などの歩行者天国であまりにスカートの短いコスプレの子がカメコ(それを撮るカメラ小僧)を引き連れて闊歩するのは良くないと思っている。ホビーの街として世間に認めてもらいたいと思うなら、公俗良序に反するものはもっと隠せよと思うし、エロ関係を大人の社交場として楽しみたいならもっと一般に目の届かない雑居ビルの上の方でひっそりやるべきだと思う。今の秋葉原は「萌え」という一般にも広く認知された言葉を免罪符にして、度が過ぎたことが平気で出来る街になっているのだ。これでは秋葉原の歌舞伎町化と言われても仕方ない。

kilemall の関心は、「そもそも個人や集団が不愉快だからといって世の中から全撤去するなんて理屈は妥当なのか」というところにある。ゲームにしろ、マンガにしろ、アニメにしろ、コンピュータにしろ、探偵小説にしろ、歌舞伎にしろ、イスラム教徒だろうと、それが特定の集団にとって不愉快だから社会から撤去しなきゃならないという理屈は、それこそ幼児的全能感が云々という次元のハナシ。

 すいません、「幼児的全能感」の意味がイマイチ理解出来ません。補足お願いします。

  「不愉快だから全滅させる」というのは子供のすることだと言いたいのだろうか!? そんなん「子供の目に届く場所にあるエロは全廃」とか思ってるPTAのおばさんぐらいじゃないとそんな極端な理屈はそもそも持ち出さないよ。あのブッシュにしたってイスラム教を憎々しく思っていてもさすがに全廃出来るとは思っていないし、アメリカの最高権力者だからといってその権利はない。

一方で、アキバ系と言われる人たちは「不愉快で不要」と思われることを嫌がっているのかもしれない。逆に思うのは、「不愉快で不要」と思われるのがナゼ問題なのかを深く考察しているのだろうかという部分。世の中には、ヤクザやチョソン人を筆頭として「不愉快で不要」と思われいるけど撤去されないものは沢山ある。ナゼ、アキバ系だけは「不愉快で不快」と思われると社会的に抹殺されると思うのだろうか。

 あのねえ、アキバ系にしたって、シブヤ系にしたって、それこそ誰にだって「不愉快で不要」と言われて「はい、そうですか」とうなずける人はそうそういない。「不愉快で不要」と言われて嬉しい人はいないのだ。いるのは、そういう文句に対して耐性の高い人か、極めて冷静な人なだけであって、相手への反発もなしにまず先に自分の問題として考察しろというのは、人間的感情を完全に無視している。考察があって感情が生まれるのではなく、感情があって考察があるのだ。アキバ系が特に自意識が強く他人の言論に惑わされやすい人が多いという点はあるが、これは単にアキバ系だけの問題ではなく、個々の人間の性質に影響されるものだ。また、本来世間から忌み嫌われるオタクの存在は、他人の感情に対しても「我、関せず、我が道を行く」の態度の人であって、そういう人だからこそファッションにも自分の痛い言動も気にはしないのだ。

世間から差別されても別に良いのでないか。どうせ、差別的なことを言い放つ連中が現実に実効性のある排斥行動を起こすとは思えないし、アキバ系程度の「深刻さ」では撤去しようにも社会的な損得の採算が合わないだろう。

 その言葉は「差別されている側」が言うのならいいけど、「差別している側」が言ってはいけないと思う。私がkilemall氏の言葉に反発してしまうのは、その自分の立ち位置の曖昧さだ。文章の中では一貫してオタクをバッシングしているようなことを書いているのに、肝心な所では傍観者の立場を取っている。Blogで主張を通すなら、それなりにテキストに自己責任を持たないといけないのにそれをやっていない。『損得で採算が合わない』というのは、じゃあ採算が合えばすぐに排除したいと思っている意志が見え隠れしているし、まあ、俺様に干渉しない、邪魔しない程度には生かしておいてやるよという上位層からの物言いにも思える。
 オタク擁護の立場から「我々は排斥されるほど抹殺されないから冷静になれよ。差別されても別に良いではないか。」なら共感したかもしれない。オタク・バッシングの立場から「我々は、採算が合わないから排斥運動まではしないよ。」と言われたのなら、反発はするもののまだ冷静に議論出来たかもしれない。アキバ系が完全撤去されるほどには排斥されていないという点では共通認識もあるのだから。だが、氏の立場はどちらにもない。言動ではオタク・バッシングの嵐なんだが、Blogでのそのとげのある主張や、なのに「これはネタである」とか、その注釈の多さとか、そのテキストでの茶化しかたとか、悪いけれど、お宅、ソレ、結構オタクっぽいですよ。

そして、最後に

ということで、オタクもオタク・バッシング派も、お互いに干渉し合わないことで予定調和達成かもよ。
ほら、kilemall だってドラえもんくらいはタマに見るし。

となり、その主張の筋が一気に揺らぐ。ドラえもん風に言うと、「いや、君のその理屈はおかしい。」だ。だって、自分から散々オタクに干渉しておいて、結論として「干渉しない方がいいんじゃない」というのはどういうことなのか!? 始めたばっかりで知らないかもしれないが、BlogでしかもHatena Diaryって、オタクの吹き溜まりだよ(良いオタクも悪いオタクも含めて)、とても危ないよっ!! Hatena Diaryで書く以上、氏の主張がオタクの目に触れないことはありえないよっ!! 予定調和的にバッシングして賛同者を集めたいのならmixiに、言いたいだけ言って華麗にスルーされたいのならYahoo! Blogあたりをお奨めする。


そして、次のエントリでは、

まず、冒頭で徹底的にアキバ系を罵倒しているように見えるが、これはネタを展開する上での土台作り。「誤解されるようなことを書くので」と律儀に前置きしているのだが、きっとユダヤ人の陰謀で読めなくなっていたんだろう。

kilemall の真意は、アキバ系を非難するどころか、自分が不愉快だから存在が許せないなんていう理屈は、「幼児的全能感が云々という次元のハナシ」という一文にある通り、「脳みその中身がクソガキ水準でオメデタイですわねー」とオタク・バッシング派の哀れさを指摘するところにあった。

更に言えば、オタク・バッシングの構造を透かして、ル・ペン爺みたいな「老いぼれた子ども」を皮肉ってやろうと思ったのだが、(ネタがネタだけに)単なる嫌オタク流の一種だと読まれてしまったみたいだ。

 と、言うのは、主張が揺らいでいるなあというのが第一印象だ。あの〜、kilemall氏はどちら側に属す方でしょうか!? 今までの言説からみるにオタク・バッシング側に属するようにみえるのだが、その立場は第三者の傍観者様のつもりでしょうか!? ユダヤ人の陰謀がオタクがどう関わってくるのでしょうか!? それとも「タイトルしか読んでいない」と言いたかっただけでしょうか!? オタク・バッシング派だってBlogで書くならば「不愉快だから存在が許せない」とか書かずにもっともらしい理由をつけるよ。


これまでの言葉を並べてみる。

kilemall氏は、

・オタクと言われる人、特に最近ではアキバ系と呼ばれる人種が嫌いです。もう嫌です。不愉快です。消えてください。
アキバ系のような世界を理解することは到底不可能だ。
アキバ系オタク文化を全否定しているようだし、存在自体が不愉快に感じているようだ。
アキバ系と言われる人たちは「不愉快で不要」と思われることを嫌がっているのかもしれない。

と、かなり過激な言葉を吐いておいて、

『オタクもオタク・バッシング派も、お互いに干渉し合わないことで予定調和達成かもよ。』

と言うのはもうダブルスタンダードだろう。これは体型的に太った方に「や〜い、デブ、デブ!!」と罵っておいて、彼が泣きそうになったら「馬鹿だな、お前は……。冗談(ネタ)に決まっているだろ。」と言っているようなもんだ。罵った方にとっては冗談のつもりでも、イジメられた方にとっては冗談でもなんでもない。これはkilemall氏が最初に干渉して始めたことだ、あんたの売った喧嘩だ、喧嘩なら普通に買う。でも、和式トイレでおつりが帰って来たからといって文句を言うのは筋違いだ。(和式トイレも使ったことのないような、お若い方であったのならば、ぶっちゃけ言い過ぎました、ごめんなさい)

こんな言説を読む限りでは、アキバ系も「不愉快で不要」と思われたくないらしい。ただ、その文章を読み終わった後、kilemall は妙な違和感を感じちゃった(受信ともいう)。要するに、「排斥されること」と「嫌われること」の区別が付いていないっぽいからだ。

実際にマンガやらゲームやらを規制して社会から撤去してしまおうとする排斥運動と、普通のオタク・バッシングのような不快表明は別物であることにもっと自覚的になったら良いと素朴に思う。

 逆に聞くけど、氏は他人から「不愉快で不要」と言われたいだろうか!? アキバ系であるとか関係無しに、マゾでもない限り普通はそんなこと思われたくないと思う。また、排斥運動が社会のシステムへの制裁、不快表明は個人への攻撃であるという区別でよいだろうか!? それならば、それを自覚することによりバッシングされる彼らのルサンチマンに変化はあるのだろうか。件(くだん)の文章で、氏が「ずれたことを言ってるな〜」という違和感を感じたのは分かったのだが、じゃあバッシングされる側の彼がその相違を分かったところで、なにか出来ることがあるのだろうか!? ただ「別に君個人が責められているわけではないよ」と言われりゃー、大分印象も変わるのだけど。

そりゃ、アキバ系常識と一般常識が相違するのは良くあるんだろう。けど、一般人とは違う世界で生きているからこそオタクとかアキバ系というように区別して認識できるワケで、相違すること自体は実は何の問題もない。問題は、相違を前提とする関係なのに、オタク側(あるいは非オタク側)が他方を自分の常識に引き寄せようとしてしまうこと。

 一部は同意する。だが、アキバ系常識を持っている人が、一般常識を持っていないとは限らない。アキバ系常識はどこまで行っても秋葉原のみで通用する常識であって、社会に出ればみんなそれぞれの社会のルールに従う。そりゃ、社会の枠のはずれたところで、ひきこもりやNEETなどの特別な人はいるかもしれないが、大抵のオタクも学校では学校のルール、会社では会社のルールの中で折り合いをつけて暮らしていると思う。他人への過度の干渉、自分の常識への強要はお互いに問題だが、普通はその集団の常識範囲内でよりみんなが納得する安定したところに落ち着くようになっているはずだ。

お互いに嫌い合ってこそ自然であって、一方が「嫌われたくない」とか「嫌われないようにしろ」なんていうのは、低俗な言葉で悪いけどアホの極みだ。この両者が進むべきより高い次元は、「お互いをスルーし合う」状態であって、「お互いを理解し合う」ことじゃない。「みんなが仲良く」という世界観から早く解脱しようよ。

結論:オタクはゲイより随分マシ。

 おっしゃるとおりだと思う。でも、世の中、分かり合えないから最初からお互いに関わらないという世界はあまりにも寂しい。余計な摩擦は無いかもしれないが、人間同士の真剣な衝突がない世界はどうやっても味気ない。そういう意味で、出来れば私もある程度、氏との相互理解したいし誤解があれば修正したいしつもりだ。だから、こちらの気に入らないところがあれば、気軽に言って欲しい。まあ、氏が望まないなら、別に馴れ合いとか、仲良くするつもりはありませんが……。

結論:オタクはDQNより随分マシ。

 反論があればよろしくお願いします。この程度のテキストで、怒ったのなら、意図的に怒らせるという目的は達成したワケですが、スルーされたらそれはそれで自分の主張を実践なされているということを理解し、こちらからはちょっかいを出しません。


・関連リンク オタクバッシング論に見る人間統合の試み

http://www4.ocn.ne.jp/~temp/otab.html