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東芝HD―DVD撤退が示すテレビの未来 (IT-PLUS)

http://it.nikkei.co.jp/digital/news/index.aspx?n=MMITel000021022008

 つまりテレビの敵は決してネットではなく人間そのものの共有体験の欠如であると私は思う。共有というとすぐに違法ファイルの共有、流通と短絡的に言われるが正しくない。テレビが、あるいはテレビに変わるものがメジャーなメディアとしてあり続けるためにはやはり何かで共有体験を作っていく以外に方法はないのではないかと思う。

 TVが感動の共有体験装置というのは分かったけど、

 ブルーレイも単なる規格でしかないのでやがては別の規格に取って代わられる。しかし、経済活動継続上の必要性から今後もスクラップ・アンド・ビルドを繰り返すのはいかがなものだろうか。一足飛びにすべてをネット配信でと言いたいのではないが、建築物などとは異なりカタチがないコンテンツは、流通や消費過程において端末やコンテンツ単位でのスクラップ・アンド・ビルドを不要にすることが比較的容易なはずだ。

 インターネットが適していると言ったわりに、スクラップ・アンド・ビルドを繰り返すのはダメとかよく分からない。ドッグイヤーのネットの世界こそ、スクラップ・アンド・ビルドの繰り返しだと思うのだが。

 何年かかるか分からないが、録画など不要になるできるだけシンプルな構造にしていくことが消費者的にも環境的にも大切なのではないだろうか。おそらくそれを実現するのは配信サービスであるはずで、例えば、規格の変更は配信側でのみ行い、端末側はソフトウエアでアップデートする。そしてそこには感動を共有する仕組みをぜひとも組み込んでほしい。少し時間はかかるかもしれないが、あと10年くらいすれば実現できるのではないだろうか。

 規格をコロコロ変えるなとか、録画が不要になるような配信システムを考えろというのは分かるのだけど、感動を共有する仕組みが10年で実現出来るという根拠がよく分からない。インタラクティブなTVってこと!? ニコニコ動画などにある字幕を入れるサービスは感動を共有する仕組みなのだけど、あれを実際のTVに組み込むわけにもいかないしなあ。
 とりあえずこの文章、HD DVD撤退からTVの未来を語るのはいいけど、主題を盛り込みすぎてなんかよく分からないことになっている。