caprinのミク廃更生日記

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9条という対外的な看板 戦争をしない国 (kom’s log)

http://d.hatena.ne.jp/kmiura/20070124#p2

「戦争をしない国」というスローガンや、少なくともこの60年日本の兵士が海外にでかけて人を殺していないという事実はにこれまでの日本の実に強力な安全保障になってきた。付け加えればその経済効果がどれほどであったか、測定することができるならばどうにか示せないかとさえ思う。「役立たずの九条、理想論の九条」という考え方は妄想である。改憲するならばそのまえに甚大なるこの60年間の九条の対外効果を公正に判断する必要があまりにある。

 条件付きだが大筋としては同意。確かに「戦争をしない」という他国へのメッセージの有用性は今一度考える必要があるな。「美しい国」よりも「戦争をしない国」と言う方が分かりやすいのも本当だ。ならば態度と実行力でその言葉を示せ。まずは60年間、日本は戦争をしなかったのだから、次の40年は少なくとも我々、若い人の力でこれを守っていかなければいけないだろう。戦争をせずに100年経っても、特定アジアの方々が「日本人は戦争をする野蛮人だ」というのならそれもまた一興。100年の次は200年、平和への努力は未来永劫続く。
 しかし、まあ率直に言って、アメリカ人とかが言う理論も分からないでもないんだよなあ。「お金の力で我々の軍隊を防止力に使っている。アメリカの軍事力に守られた偽者の平和だ。」というのも分かるし、スイス人の言う「軍隊を持たないなんてクレージーよ、信じられない。どうやって、自分の身を守るつもり!?」という問いかけにも日本人は明確に答えられることは出来ないだろう。それこそ「アメリカに守ってもらう」なんて言った日にゃあ、鼻で笑われる。永世中立国という理想に聞こえる制度の内実は、国民全体の1割は軍隊、核シェルターの各家庭の普及率は95%以上、銃の所持率もアメリカ並みというまさに自分のケツは自分で拭くというマッチョな思想の元成り立っている。「日本にその覚悟があるか!?」と言われると多分まだない、もしくはその準備は出来ていない。今までうまくいったからこれからもうまくいくという、どちらかというと希望的観測にすがって生きているように思える。まあ、日本もこのようなマッチョな思想に変えていくべきかは置いておくにしても、『改憲するならばそのまえに甚大なるこの60年間の9条の対外効果を公正に判断する必要があまりにある。』というのも本当なら、9条における負の面ももっと直視する必要もある。改憲したら、「戦争がはじまる」などという短絡的な議論ではなくもっと深いところで議論し、日本人の態度ももっと超然とする必要があるな。最終的に自衛隊を軍隊と呼ぶか呼ばないかが決定されても「戦争をしない」という願いには変わりがないのだから。
 

言及リンク 日本の看板 (Super Neurotic Junction)

http://snjx.net/mtx/archives/000485.html


言及リンク 「我々は孤独だ」という想像的貧困が生む暴力 (想像力はベッドルームと路上から)

http://d.hatena.ne.jp/inumash/20070124/p1


・関連リンク マイノリティな日本と私 (kmizusawaの日記)

http://d.hatena.ne.jp/kmizusawa/20070125/p1


・関連リンク 日本人はマイノリティか? (finalventの日記)

http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20070125/1169685737