caprinのミク廃更生日記

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ユルく危機せまる若者たち ミクシィの日記からの考察 (OhmyNews)

http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx?news_id=000000004916

 この人のこのテキスト自体もポエムっぽいと思った。大学生時代には自己確立に悩む人達はそういう傾向があるだろうから、それについては別にどうということはない。ただ、mixiのなんとなく駄目そうな人の行動を箇条書きにして、「あの手」のポエマー呼ばわりもなんだかな〜と。「あの手」というのがどういう人達なのかよく分からないし。しかし、世間でよく見る老人の「最近の若者は……」論ではなく、若者による「最近の若者は……」という意見もなかなか興味深い。

○ポエマーの一定の基準○

1. もめごとが好きそう
2. 着飾るのが好き
3. 目の前にあるものを頑張らない
4. 抽象的なことしか言わない
5. ええ奴ばっか

 でも、よく見てみると真に批判されるべきは、「3」の「目の前にあるものを頑張らない」という所だけのような気もする。1は本人も言っているように推論だし、2はそれ自体が批判されることではない。4は本当の労働を体験していない自己がまだ確立されていない状態で内容が具体的でないのはしょうがないような気もする。まあ、贅沢を言えばもう20歳も超えていれば、もっと大人の考えになっているべきだろうが。5はどうだろう!? 基本的にはここに出てくる人はみんな「いい人」と呼ばれる人になりたいのであろう。それが本当に他人のためを思って、自己犠牲もいとわないのなら本物だが、自分が傷つきたくないために他人に対して差しさわりのない穏やかな友好関係だけを望むのでは、どうやら真の友情は生まれそうにない。

 ただ、私は彼らのこのような言動には、如何(いかん)せん、ナルシストを感じずにはいられない。そりゃ、ポエマー以外の子たちもこのような言動はあるけれど、なんだか様子が違う。

 「私はあんたより忍耐力がある。何故(なぜ)なら私は苦労しているから」。そんなことを言われているような気がする。

 優しく柔らかい関係と矛盾するようだが、やっぱりそう感じるので仕方がない。

 ちなみに、ポエマーに関係なく、大人ぶることからはじまるこれらの言動は、多感な時期が不景気だった年ごろならではな気がする。大人は苦労しているというイメージがすごくあるのだ。それがかっこいいし、苦労したら大人になれそうな気がするのだ。私もそう思う。

* * * * *

 話を戻し、結局私は、彼らから地に足がついていないような印象を受ける。ただ、彼ら自身は、ぐっと深く地に根を張った感覚を持っているようにも感じる。とはいえ、「心の貧しさ」はぬぐえないのではないだろうか。

 このようなポエマーが将来どうなるのかというと、やはり、これはニートではなかろうか。「心からもう既にニート」なのだから。というか、もう一昨年あたりから私の友達は就職をしだしているが、私がポエマーとする子たちは、ものの見事に続いていないのだ。彼ら以外にも続かない子はいるし、私もきっと就職しても続かないような気がしているが、割合的にはポエマーが断トツである。

 う〜ん、いろいろ難しいのだけど、ニートに足りないのは覚悟だ。ポエマーもその覚悟が出来ていない一要素でしかないような気がする。彼らを「心貧しい」と言うのもいいが、「そんなことを言われているような気がする」という言葉もそんな彼らに近い言葉じゃないかなあ!?