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クリプトン・フューチャー・メディアに聞く(4) 最終回:JASRACモデルの限界を超えて――「初音ミク」という“創作の実験” (ITmedia News)

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0802/26/news029.html

 ただ「ニコニコ動画」上で行われているような、無報酬で“勝手に”利用され続けるという形だと、作家が不満を覚えたり傷つくこともある。自分の曲がいつどこで改変されるか分からず、100万回再生されても1円も入らない状態は、健全といえるだろうか。

 誰もが創り、誰もが発表できるCGMの時代に、作り手も受け手も幸せになれる仕組みはないか。「初音ミクが実験の場として役立つなら、喜んで提供したい」――ミクを開発したクリプトン・フューチャー・メディア(札幌市)の伊藤博之社長は言う。

 だがJASRACに信託すると、2次利用の連鎖が生み出した創作のサイクルが止まる。信託楽曲になった「みくみくにしてあげる♪【してやんよ】」は、カラオケや着うたになった代わりに、ミク楽曲配信ブログパーツ「ふるみっくプレーヤー」から消え、ミク曲のまとめサイトから歌詞や動画が消えた。

 ニコニコ動画のみくみく映像には、JASRAC信託が判明するや否や批判のコメントが殺到。作詞作曲したika_moさんは「もうけ主義」と批判を浴び、ブログを閉じた。

 JASRACはありがとうを届けない」――伊藤社長は言う。JASRACを含む音楽著作権の仕組みは、対価を稼ぐためのプロ作品が前提で、ユーザーがアーティストに届けられるのはお金だけ。支払った著作権料は、JASRAC音楽出版社、事務所とたくさんの“中間搾取”を経てやっとアーティストに渡る。

 「JASRACは『音楽を作ることができる人は、特別な才能を持ったごく少数』という前提に立っている」と伊藤社長は話す。実際、JASRACに信託するには「直近1年以内に定員500人以上のコンサートで使われている」「大手メーカーが作った全国販売のCDで使われている」などといった公表実績の基準を満たす必要がある。「“超特定少数”対“多”の関係でやってきた形態で、“多”対“多”――全員が作り、全員が評価するという今の仕組みに合っていない」

 この矛盾の背景に、CGM(Consumer Generated Media)時代の到来という大きな変化があると伊藤社長はみている。「著作権の仕組みは、CGMを前提にしていない。急にそういうのが来たからみんな、泡を食ってる」

 JASRACをはじめとした旧来のモデルは、権利を握りしめた“特別な人”が、少数のコンテンツを全国に届け、対価をお金で回収するという中央集権型。だがミク楽曲のようなCGMは、ばらばらに住む個人がお金もうけを離れた立場で作り、個人に届けるPeer To Peer(P2P)型。JASRACモデルが通用しないのは必然だ。

 「個性が発揮できない社会は、時代にそぐわなくなる可能性がある。北海道の会社だからなおさら感じるのかもしれないが」――P2P時代のコンテンツ流通はどうあるべきか。伊藤社長は「ピアプロ」という“実験”を始めた。

 評価をお金に代えて届けられる仕組みも検討していきたいという。具体的な実装は未定だが、お気に入りの作家に直接“寄付”できるような機能があれば、創作資金も援助できる。事務所も音楽出版社JASRACも挟まらないから“中間搾取”も起きない。

 この仕組みがうまく回るとどうなるか。見知らぬアマチュア作家同士がコラボレーションし、新しい創作を生む。認め、認められることで創作意欲が増し、コンテンツが豊かになる。「経済と同じように“評価”の流通する量が増えることで、経済発展ならぬ“クリエイティブ発展”が起こると思う」。

 ただ難しいのは、全ユーザーのコンセンサスを得た上でビジネスにできるかどうか。創作物を商品化すると「ユーザーが盛り上げてきた物でもうける気か」と快く思わない人が必ず出てくる。「みくみく」作者が「もうけに走った」と批判されてしまったように。

 「マネタイズしようとすると起きるあつれきは、CGMを阻害する要因だろう。チューニングには気を遣う」

 動画サイトで大きくもうけることは難しいとも感じている。「PC事業で言う『スマイルカーブ』がネットの動画ビジネスにもあるのでは。もうかる川上と川下はAdobeAmazonYouTubeニコニコ動画など投稿サイトは中間部分。インフラコストが大きすぎてなかなかもうからない」

 確かに、ニワンゴ取締役の西村博之ひろゆき)さんが話していた通り、動画サービスはコストが大きい。ドワンゴもニコニコ事業では赤字を出し続けており、プロの創作をまかなえるほどの収入を得るのは難しいかもしれない。

 「認めたい」「認められたい」という気持ちをつなぐことで、人と音楽は幸せになれるのではないか。プロミュージシャンを目指して北海道から上京し、夢破れて戻ってきた友人たちへの想いと、プロの世界の“搾取構造”への違和感が、伊藤社長の考え方の原点だ。

 「プロを目指して上京した人をたくさん見てきたが、やっとプロになっても激しい中間搾取があり、音楽で飯を食える人はごくわずか。30歳を過ぎて戻ってきても、人生で一番吸収率がいい期間を音楽に費やしてしまったため、大した仕事に就けない。音楽をやっている多くの人は、ワーキングプアかもしれない。趣味で音楽をやっている人たちの方がプロと比べてもはるかに楽しそうだし、生活もできている」

 それでも若者がプロになりたがるのは「認められたいからではないか」と伊藤社長は言う。「その願望は、昔だとプロになるしか実現の方法がなかったかもしれない。でも、もっとカジュアルに『認められたい』の方法を提供できれば、人も音楽も幸せになるんじゃないか」

 「メタクリエイター」を自認する同社。自ら「初音ミク」や「ピアプロ」といった商品・サービスを生み出す「クリエイター」でありながら、ほかのクリエイターの役に立つ「クリエイターのためのクリエイター」でありたいという。

 同社のミッションは「世の中のmissing pieceを埋めていくこと」。初音ミクの思いがけないヒットで直面した、アマチュアの豊かな創作とそれを支える仕組みの不備。みんなの声に耳を傾けながら、未知の分野の足りないピースを、手探りで埋めていく。

 初音ミクは「未来への羅針盤」だと伊藤社長は言う。ミクという羅針盤をたずさえ、ユーザーと一緒に、未来を切り開いていければいい。